ヒト・モノ・コト

田川尚登さん

/横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事

田川尚登さん

/横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事

全国で2例目、横浜市で初となる地域コミュニティ型こどもホスピス「うみとそらのおうち」が昨年11月、金沢区に開所しました。代表理事を務める田川尚登さんに、こどもホスピス設立に至った経緯と思い、施設の特徴などを聞いて来ました。

侍従川が平潟湾へと流れ出る川のほとり、時がゆったりと流れるのを感じる地に「うみとそらのおうち」はあります。すっきりとした外観ながら家の温かみも感じる佇まいの建物、芝生の上には大きなブランコも見えます。田川さんは構想から約10年もの歳月をかけ、この施設を完成させました。以前から重い病気を抱える子どもと家族のサポート活動を行ってきた田川さんですが、こどもホスピス設立プロジェクトが大きく前進したのは2012年のことだったと言います。

「看護師だった故・石川好枝さんの遺産を遺贈(遺言による寄付)したい、というお話を代理人である弁護士の方から連絡いただいたのです。元々そのお金は彼女が存命のころ、神奈川県内の他の所にこどもホスピスを作る計画が立ち上がっていて、そちらに寄付する予定でした。しかし途中で計画が頓挫、石川さんは既に他界されたために行き場を失っていたのですが、私が横浜でこどもホスピスを作りたい、という話を代理人の方が聞きつけ、寄付いただくことになったのです。石川さんには感謝してもしきれません」と田川さんは語ります。

当時、田川さんは神奈川県立こども医療センターを受診する家族のための滞在施設「リラのいえ」を運営する団体の理事長を務めていました。遺贈金は1億500万円もの金額だったそうです。田川さんは石川さんが遺した思いをしっかり受け止め、こどもホスピスの設立に向けて具体的に動き始めました。

土地はかつて横浜市立大学男子学生寮跡地となっていた市有地を、30年間無償で借りることができました。施設の建設費用や看護師、保育士などの資格をもつスタッフの雇用費用も一部補助されます。ただ施設の建設費用、運営費用のすべてを行政からの補助金に頼ることはできません。そのため遺贈金だけでは足りず、独自に募金活動やチャリティなどを行って資金を調達。ボランティアも募った上で、ついにこどもホスピスを運営できる体制が整いました。

「うみとそらのおうち」はまるで大きな一軒家のような、2階建ての建物です。一階部分は壁で仕切られていない広大な遊びホール。オープンキッチンや大きなブランコもあります。取材時はハロウィンの賑やかな飾り付けがされていました。病院にいる時間が長く、外出できない子どもたちと家族に楽しい時間をすごしてもらうための空間です。

2階には主に、宿泊するための設備があります。家族全員分のベッドに加え、添い寝できるソファベッドやミニキッチン、家族で入れる大きなお風呂、ベッドからの移動をサポートし、介護者の負担を軽減してくれる天井走行リフトも。子どもだけでなく、家族皆でくつろげる空間になっています。

「大人向けのホスピスでは患者さん本人の緩和ケアや気持ちのサポートが主体となりますが、こどもホスピスでは患者さんの兄弟や両親を含めた家族にも寄り添わなければいけないと考えています。そのため、大人も楽しめる設えとしました。2階には天体望遠鏡やミストサウナもあるんですよ」

実は田川さん、ご自身の次女(当時6歳)を1998年に悪性脳腫瘍で亡くされています。そのときに抱いた気持ちが、こどもホスピス設立の出発点となりました。余名半年の宣告を受けたとき、残された時間をどう過ごすべきか担当医師に尋ねたところ、「お子さんと家族にとって楽しい時間を過ごすしかありません」との返答。できる限りのことをしましたが、もっと充実した時間にしてあげることもできたのではないか? と自責の念にかられました。ただ、残ったのは後悔ばかりではありません。

「次女は右半身に麻痺が出て右手が使えなくなってしまったのですが、左手を使う練習をして、あっという間に字を書いたり、ピアニカを吹いたりできるようになったんですね。たとえ短い時間であっても、子どもは成長したり、思い出を作ったりすることができることを知りました」

その後、イギリスなど海外には生命にかかわる疾患や病態(LTC)を抱える子どもと家族を支える施設=こどもホスピスが多くあることを知り、サラリーマンとして働きながら日本でLTCの子どもと家族をサポートする活動を開始。田川さんと同じ思いを持つ仲間や支援者を集め、また横浜市による「こどもホスピス(在宅療養児等生活支援施設)支援事業」にも選定されて「うみとそらのおうち」の実現に至りました。

取材時、屋外にある大きなブランコでは、学校帰りの子ども達が自由に遊んでいました。病院や自宅にいる時間の長いLTCの子どもと家族に地域社会との緩やかなつながりを提供することも、この施設に与えられた目的のひとつです。日本にLTCの子どもは約2万人いると言われていますが、こどもホスピスの数はまだごく僅か。限られた地域だけでなく、日本全国にこうした施設があったら……「うみとそらのおうち」はそう感じさせてくれる素敵な場所でした。

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