カメラマンの川名マッキーさんは今年4月、あるボランティアを始めました。新型コロナウイルスの影響で営業縮小せざるを得なくなった神奈川県の飲食店向けに、テイクアウト・メニューなどを無料で出張撮影する活動です。
「飲食店は、新型コロナウィルスの影響で大打撃を受けました。テイクアウトやデリバリーのメニューを新たに作る……など、それぞれの工夫でなんとか急場をしのいでいるのが現状です。インターネットやチラシなどで料理を注文するときにものを言うのは、やはり美味しそうに見える写真。写真を撮る技術を活かして、少しでも彼らの力になれたら、という思いが今回の活動を始めたきっかけでした。私自身も4月の撮影予定がまるまる空いてしまったので、時間を無駄にしないためでもあったのです。」
撮影料はもちろん、駐車場代以外の費用(交通費など)も依頼主側の負担なし、テイクアウトメニュー以外に、希望があれば店舗の内外観やスタッフのポートレートも撮影可、納品された写真は今後もずっと使用OK…という、なんとも太っ腹な企画。ボランティアを始めるにあたって気にかけたのは、料理を専門に撮影する同業他社の仕事を阻害しないことだったそうです。そのため、無料で撮影できるのは4月末日までの期間限定、撮影する料理もテイクアウトメニューのみに限定しました。
「これまでクリエイターが本業の能力を活かしてボランティア活動することはNGと考えていましたが、今回ばかりは緊急事態宣言発令下の特例と判断しました」とのこと。この活動は多くの反響を呼び、最終的に5月9日まで延長されました。自身の売上も下がる状況の中で、他者を思いやり、アクションをおこすことは決して容易ではなかったでしょう。
料理をはじめ、幅広いジャンルの撮影を請け負う川名マッキーさん。しかし、クリエイターとしての出発はカメラマンでなく、グラフィックデザインやキャラクターデザインなどを手がけるデザイナーでした(現在もデザイナーとの兼業です)。フリーランスとして仕事の幅を拡げ、収入を安定させるためにカメラマンの仕事を始めたのは2009年のこと。写真撮影の技術や知識は、デザイン事務所勤務時代にスタジオに出入りする機会が多く、そこで身につけたそうです。最初に撮り始めたのは、“家族写真”。スタジオでかしこまった写真を撮るのではなく、各家庭に訪問し、ありのままの姿を写真にとらえる出張撮影サービスでした。“マッキー”という名前もこのタイミングで付けたもの。初対面の人たち、特に子どもたちとすぐに親しくなれる魔法のワードなのだそうです。
カメラマンとしての活動を始めて11年。この度、マッキーさんは自身初の写真集を刊行されました。自分で企画を立て、クラウドファンディングで出資者を募集。目標額を上回る資金の調達に見事成功し、発刊にいたったのです。その企画とは……。100人の変顔を掲載する、という何ともユニークなもの!
「朝起きて、ふと思いついたんです。いつも素敵な顔を撮る努力をしてきたけれど、逆に一番人に見られたくない表情、乱れた顔を撮ってみるのはどうだろうか? と。変顔だけでなく、一番素敵な表情を隣に並べて対比させることで、気持ちの揺れ動きを表現できる。ファンディングを開始するにあたってサンプルのフォトブックを作ったのですが、その試みは見事に成功し、作品としてとても面白いものになりました。
想定外だったのは、撮影者だけでなくモデルになってくれた人からも『今までと違う自分を発見できた』『失敗した自分を見せることが嫌ではなくなった』など大変ポジティブな反応をいただけたことです。その場にいる人たちが、不思議な結束感に包まれる。このプロジェクトは写真集で終わらず、秘められた可能性があるのかもしれないと感じました」
変顔写真が世の中をちょっと良くしてくれるかもしれない。マッキーさんはそんな期待を抱いています。『百顔繚乱(ひゃがんりょうらん)』というタイトルが付けられた写真集は今年5月、無事完成し、オンラインでの販売が開始されました。
人物の写真を撮るときには、被写体となる人の気分をいかにして盛り上げるか? に最大限の配慮をしているマッキーさん。「僕にとっての写真は、コミュニケーションツール」と語ります。冒頭のボランティア活動も、地域社会とのコミュニケーションに他なりません。人や社会との関わり合いの中で、新しく生まれる何かを今日も撮り続けています。
取材日:2020年5月13日