今回は、“横浜の味”を長年、縁の下で支えてきた存在に迫ります。登場いただくのは、株式会社「武居商店」で専務として働く武居順平さん。武居商店は「たれ」やドレッシング、ソースなどの液体調味料を製造販売している会社で、現在、順平さんのお父様が5代目代表取締役を務めています。創業はなんと明治5年! 横浜港の開港から、まだ十余年しか経っていない時代のことでした。
武居商店の創業は、日本の西洋化と密接に関連しています。開港とともに、横浜には多くの外国人が押し寄せました。文明開化によって、それまで日本では馴染みのなかった“牛肉を食べる文化”が一気に広まります。そこで初代・武居久吉さんは、牛の食用以外の部分、皮や脂、骨を活用する商売を発想。
「当時は今よりももっと貴重だった畜産品を、少しも無駄にしないための妙案だったのではないでしょうか」と順平さんは語ります。創業からしばらくは、そうした牛の脂や原皮を製造販売する商いを行っていたそうです。
調味料の製造を手掛けるようになったのは、昭和45年のこと。横浜市に本社を置く大手食料品メーカーから「貴社が扱っている材料を使って、ガラスープを作れないか?」という提案を受けたことがきっかけでした。食品部門を新たに設立すると瞬く間に事業を拡大。もともとあった原皮部門と2本の柱として、武居商店を支えるに至ったそうです。
当初は食品メーカーから依頼を受けて作るOEM製品が中心でしたが、現在の武居商店ではプライベートブランドやオリジナル製品など、幅広い分野で液体調味料の製造を手掛けています。プライベートブランドとは、飲食店ごとに独自性をもたせた製品のこと。
「たれなどの調味料を作るのは、大変な手間と技術を要するもの。各店舗が自前で作ると効率が悪くなってしまいます。そうした場面で助けとなるのがプライベートブランド。多店舗展開しているところでは、店舗ごとの味のブレをなくす目的でも活用いただいています」。
有名ラーメン店で使われる“かえし”(スープで割って使うたれ)も作っているそうです。多くの人がファンになっている、あの味、実は武居商店の仕事なのかもしれません。
調味料の開発は、まず目標とする味を設定し、それに近づけていく……という作業行程で行われます。武居商店では塩分やpH、糖度といった味の三要素を分析する科学的な手法を取り入れていますが、それだけで“叶えたい味”は実現しません。現代でも人間の感覚はやはり必要だそうです。
今ではOEMやプライベートブランドを数多く手掛けてきた経験を活かして、焼肉のたれやバーベキューソースなどのオリジナル商品も開発しています。それらは自社サイトでの通信販売のほか、自販機でも販売。これが好評を呼び、今年4月には横浜南部市場 食の専門店街に、同社初の直売所がオープンしました。
次の目標は、「直営の食堂を作ること」と力強く語る武居さん。これからも横浜の食文化を支える存在であり続けることでしょう。
取材日:2020年4月28日