絵画や彫刻などの芸術作品を鑑賞するには普通、美術館に行かなければなりません。もっと気軽にアートを楽しみたい! 街を散歩しながら作品を観られたら……そんなコンセプトで毎年、秋〜冬に催されているイベントが「まるごとギャラリー」です。
「まるごとギャラリー」は横浜市金沢区にある印刷会社、山陽印刷の社内プロジェクトチームである「アーティストネットワーク+コンパス」が企画、運営しているイベント。金沢区福浦・幸浦地域にある十数社もの企業と地元アーティストたちが協力し、工場や会社の敷地内にアート作品が飾られます。ユニークなのは、多くの作品が工場などから出た廃材を利用して作られているところ。使われなくなったネジや印刷機用のインク缶、金網などが色鮮やかな芸術作品へと生まれ変わる、アップサイクルが体現されています。
イベント開催期間中は、山陽印刷でもらえる展示マップをもとに工業団地内を巡ります。屋外展示ゆえ誰でも見られるので、参加費はもちろん無料。建物など日常的な景色の中に突如として現れる色鮮やかなアート作品にはハッとする驚きがあり、宝探しをするような楽しさがあるのも魅力のひとつ。コロナ以前は山陽印刷社内で行われるオープニングイベントに多くの人が来場し、アーティストが講師となる子ども向けのワークショップも開催されました。2012年の初開催から今年で10年。地域に暮らす大人にも、子どもにも大人気のイベントとなっています。
山陽印刷が地元アーティストとのコラボ企画を始めたのは、1990年に横浜市南区から金沢区へと引っ越してきた同社が「この地域は職住隣接の産業団地として整備が進んだが、美術館や飲食店など楽しめる場所が少ない。訪ねてきたお客様や従業員が楽しめるよう、社内にギャラリーを作ったのがきっかけ」だったとのこと。若年アーティストの発掘、育成を目的として社内に「アーティストネットワーク」を設置し、社内ギャラリーでの企画展等を開催しました。一時は活動休眠状態となったものの、2012年に「アーティストネットワーク+コンパス」と名称を新たにして再始動。展示会場を山陽印刷の社内から周辺の企業へと少しずつ拡げていき、アートツーリズム(展示施設や野外彫刻などの芸術作品を巡ることで地域の文化に触れる観光活動のこと)と言える現在の形態に成長しました。
それにしても、印刷会社がなぜここまでアート活動に力を入れるのでしょうか? 山陽印刷代表取締役の秋山高秀さんは「アーティストネットワークは、若手芸術家を応援する芸術文化支援(メセナ活動)として発足しました。アーティストと手を組み、印刷産業の素晴らしさや自社の存在……、印刷会社ってこんな所だよ、ということを地域の皆さんに広く知っていただくための活動ですね。社員自身がアートに触れることで感性を育み、刺激を受ける狙いもあります」と語ります。山陽印刷の社内を見学させてもらったところ、普段からエントランスや階段の踊り場など至る所に作品が飾られていました。働きながら、ふと目線を移すとアートがある素敵な環境です。
「まるごとギャラリー」は毎年、何らかのテーマやタイトルが設定され、その文脈に沿ってアーティストが作品を作ります。昨年は「地域を歩きながら作品を見つける楽しさ」をテーマに、「景色」というタイトルが付けられました。今年はどんなテーマで開催されるのか、今から楽しみです。
▲取材にご協力いただいた山陽印刷 代表取締役 秋山高秀さん(左)と同社営業部 部長 宇井正佳さん(右)